創薬から育薬まで、バイオマーカー探索から臨床試験/臨床研究支援まで、医薬品開発におけるあらゆるプロセス刷新へのコーディネイト業務を行います

コラム

酒と仕事 (1)

私は、大学時代は仙台で過ごしましたが、東京生まれ、東京育ちです。長谷川家は、叔父の代まで何百年か続いた福井県の造り酒屋です。世が世であれば医者などにならず、酒造りの家業に勤しめたのに・・・誠に残念です。

花は半開

ベンチャーの歴史 (10)

“ファルマエイト”は、アリセプトの研究開発者/杉本八郎先生が創業されたバイオベンチャー企業です。アルツハイマー病根本治療剤の創薬を目指しておられます。

ファルマエイトロゴ

ベンチャーの歴史 (9)

画像は、京都/伏見にある、坂本龍馬が好んで逗留した旅籠・寺田屋です。 庭には、龍馬が詠んだ一句が掲げられています。   “世の人はわれを何とも云はばいへ わがなすことは我のみぞ知る”

寺田屋

ベンチャーの歴史 (8)

先月、東北大学 / 臨床試験推進センター訪問の際、久しぶりに青葉山の仙台城跡に立ち寄りました。東日本大地震の傷跡を残しながら、伊達政宗像は悠然と仙台市街を眺望していました。

伊達政宗

ベンチャーの歴史 (7)

今世紀の初頭、ヒトゲノム解読が予想を超えてハイスピードで進捗し、臨床試験の領域でもポストゲノム時代が幕を開け、pharmacogenomics(薬理ゲノム学)が颯爽と登場しました。

ゲノム解析

ベンチャーの歴史 (6)

冒頭の画像は、一ノ谷の戦いにおける“鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし”の場面です。精兵70騎を率いて、一ノ谷の裏手の断崖絶壁の上に立った義経は戦機と見て坂を駆け下る決断をします。

上段の壁

ベンチャーの歴史 (5)

かなり以前になりますが、TV番組で「錆びない、はんだ」を開発したスーパーベンチャーの物語が紹介されました。

ロケット

ベンチャーの歴史 (4)

「益子焼」、陶祖は大塚啓三郎、江戸後期に益子に窯を開きました。 そして、日常に使われる平凡な地方焼に過ぎなかった益子焼に、新たな魂を吹き込んだのが、大正末、益子に移住してきたイギリス帰りの濱田庄司でした。

壷

ベンチャーの歴史 (3)

63歳での起業、多くの方々からは呆れられましたが、薫陶を受けた臨床血液学の師匠からは、「かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂」の心境か、と問われました。

吉田松陰

ベンチャーの歴史 (2)

井深大と盛田昭夫らによって1946年に設立された「東京通信工業」を前身とする、SONY起業当時の新聞広告です。その後、高度な創造力と技術力を駆使して、画期的な一時代を築きました。

出る杭
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