画像はゴッホが描いた“ヒバリの飛び立つ麦畑”です。

波乱万丈な生涯や高い芸術性に関しては、門外漢なので他に譲ります。

イソップ寓話のひとつに、麦畑を舞台にしたものがあります。「雲雀とその子どもたち」「ひばりと農夫」「ひばりの引越し」などと呼ばれています。

福沢諭吉・翻訳の『童蒙教(をしへ)草』より:

童蒙教(をしへ)草

麦畑の持ち主の農夫と、麦畑に暮らす雲雀(ひばり)一家の話です。
麦畑の様子を見にくるごとに、農夫は「そろそろ麦を刈り取らなければ」と呟きます。
子ひばりたちは慌てて親鳥にupdateしますが、「隣の人に頼もう」あるいは「仲良しに頼もう」という段階では、親鳥は取り合いません。

しかし、いよいよ、明朝は「自分たちだけでも」と収穫宣言したと知ると、親鳥は退去を即断するというストーリーです。
諭吉は、ここを「自から自分の仕事を為さんとありては必ず其言葉に相違あるまじ」と翻訳しています。

ファルマシュプールはコーディネイトを主業務としています。
AとBを連結して相補的、さらに相乗的な成果を創出します。良いコラボレーション構築においては、それぞれが依存的ではなく、自主性・主体性があるか、が鍵を握っています。これは、きっと、人と人にも当てはまります。

ビール

 

さて、麦畑とくれば、連想するのはビールですね。
福沢諭吉も以前のコラムで紹介したように、ビールをこよなく愛しました。「其の味至って苦けれど胸郭を開くために妙なり」:その味はとても苦いけれど、胸の内を開くのに優れものであり、ビールは人と人との良きコーディネイターと思います。